中古住宅の媒介中、擁壁(ようへき)の水染みや隣地からの相談を把握した際、「業者も問題ないと言っているし、説明しなくても大丈夫だろう」と判断してしまうケースは少なくありません。
しかし、安易な自己判断による説明漏れは、引き渡し後に買主との深刻なトラブルを招くおそれがあります。直ちに損害賠償責任が発生するわけではないものの、仲介会社が「伝えるべき範囲」と「法的リスク」の境界線を正しく理解しておくことは極めて重要です。
本記事では、実際に寄せられた相談事例をベースに、不動産法務に強い弁護士が、擁壁トラブルにおける説明義務の考え方と、仲介担当者が取るべき実務的な対応策を詳しく解説します。
相談事例
Q:売買前に擁壁から水が染み出していることを把握していたものの、構造上問題ないと考えて買主へ説明しませんでした。仲介会社は責任を負いますか?
A:買主の判断材料となり得る事情として説明しておくべきでした。ただし、説明が漏れたことだけで、直ちに損害賠償責任が生じるわけではありません。
相談背景
築年数が相応に経過した中古住宅の売買後、買主から「隣地側の擁壁が常に濡れており、周囲の地盤も湿っている。購入時に説明を受けていない」と連絡がありました。買主は契約不適合責任を主張し、仲介会社に専門家による調査や「問題がないこと」を示す書面を求めています。
契約には、築年数相応の劣化・損耗、現状有姿での引渡し、売主の契約不適合責任を免責する条項があり、売主からも擁壁の不具合は申告されていませんでした。
一方、仲介会社は売買手続中、擁壁下側の隣地所有者から「水が染み出しているが問題はないか」と相談を受けていました。リフォーム業者から「傾斜地では見られる現象で、構造上の問題はないと思われる」と回答されたため、買主には説明していなかったという事案です。
弁護士の回答
1.水の染み出しは買主へ説明しておくべきだった
本件では、擁壁が濡れていることに加え、隣地所有者から具体的な懸念が示されていました。これは、買主が購入の可否や追加調査の要否を判断する材料になり得る事情です。売買契約締結後、決済前に把握した事情であっても、情報をキャッチした段階で買主には説明しておくべきだったと言えるでしょう。
仲介会社が「よくある現象だろう」「業者も問題ないと言っている」と考えても、説明を省略してよいとは限りません。専門家ではない仲介会社が安全性を最終判断するのではなく、把握した現象と確認結果を買主へ伝え、判断を委ねるべきでした。
たとえば、「擁壁表面に水の染み出しが見られます。関係業者からは傾斜地で見られる現象との説明を受けていますが、専門的な安全性調査までは実施していません」と記載しておけば、認識のずれを防ぎやすかったと言えます。
2.説明漏れが直ちに損害賠償責任となるわけではない
もっとも、説明すべき事情があったことと、損害賠償責任が成立することは別問題です。
仲介会社に損害賠償責任が生じるには、説明義務違反だけでなく、その説明がなかったために買主が具体的な損害を受けたことや、説明があれば購入しなかった、または別の条件で契約したといえる関係が必要です。
本件では、擁壁の崩落のおそれ、建物への浸水、補修費用の発生などの実害は確認されていません。関係業者からも、傾斜地では見られる現象で、直ちに補修を要するものではないとの見解が示されています。したがって、説明がなかったという一点だけで、仲介会社に損害賠償責任が認められる可能性は高くありません。
しかし、これは「責任を問われにくいから説明しなくてよい」という意味ではありません。法的責任の有無は、問題が起きた後に裁判所などが判断するものです。仲介実務では、その前段階で、なすべき説明を尽くして紛争を防止することが重要です。
3.免責特約や現状有姿でも説明義務はなくならない
契約に現状有姿条項や契約不適合責任の免責特約があることは、売主の責任を判断するうえで重要です。
しかし、これらの条項があるからといって、売主や仲介会社が把握している事情を説明しなくてよいわけではありません。
特に、買主の購入判断に影響し得る事実を仲介会社が把握していた場合には、契約上の免責とは別に、買主へ適切に説明する必要があります。免責特約は、説明義務まで免除するものではないと考えるべきです。
4.追加調査は原則として買主負担で対応する
仲介会社には、擁壁の構造や排水経路について、建築士や擁壁の専門家と同等の調査を自ら行う義務までは通常ありません。すでに関係業者へ聞き取りを行い、明らかな危険や不具合が確認されていないのであれば、買主がさらに詳細な調査を希望する場合は、原則として買主側の費用負担で専門家へ依頼してもらう対応が考えられます。
国土交通省も、中古住宅の建物状況調査を、所定の講習を修了した建築士が基準に基づいて行う専門的な調査として位置づけています。仲介会社が専門家に代わって、建物や外構の安全性を保証する制度ではありません。
また、買主から「問題がないことを書面で証明してほしい」と求められても、仲介会社が安全性を断定する書面を出すべきではありません。書面を出す場合には、「関係業者へ確認した結果」「専門的な構造調査を実施したものではないこと」「詳細な調査を希望する場合は専門家へ依頼してほしいこと」に限って記載します。
「構造上問題ありません」「将来も安全です」といった断定は、仲介会社が本来負う必要のない保証責任を招くおそれがあるため、避けるべきです。
5.今後の仲介実務では「判断せず、事実を伝える」
中古住宅では、経年劣化や外構の変化をすべて調査し、完全に説明することはできません。
しかし、仲介会社が売買手続中に具体的な指摘や懸念を受けた場合は、軽微に見える内容であっても記録し、買主へ共有する運用が必要です。重要なのは、仲介会社が「危険か安全か」を決めることではありません。「このような現象がある」「隣地から指摘があった」「関係業者にはこのように確認した」「専門的な調査は実施していない」という事実を整理して説明することです。
買主が不安を示す場合には、契約前に専門家の調査を実施するか、現状を理解したうえで購入するかを選択してもらいます。この一手間が、売買後の説明義務違反や契約不適合責任をめぐる紛争を大きく減らします。
まとめ
擁壁からの水の染み出しについて、隣地所有者から具体的な指摘を受けていた以上、仲介会社は買主へ説明しておくべきでした。ただし、危険性や具体的な損害が確認されていない本件では、説明漏れが直ちに損害賠償責任へ結び付く可能性は高くありません。
それでも、法的責任を免れそうだから問題ないと考えるべきではありません。把握した事実を正確に伝え、最終的な判断を買主に委ねることが、仲介会社に求められる基本姿勢です。
弁護士の実務コメント
不動産トラブルでは、「事前に説明していれば紛争にならなかった」という事案が少なくありません。軽微に見える現象でも、第三者から具体的な指摘を受けた場合は、口頭だけでなく書面に残してください。説明義務違反と損害賠償責任は同じではありませんが、責任が生じるかどうかを争う前に、なすべき説明を尽くすことが最も確実な予防策です。
弁護士法人 山村法律事務所 代表弁護士/山村 暢彦氏
実家の不動産・相続トラブルをきっかけに弁護士を志し、現在も不動産法務に注力する。日々業務に励む中で「法律トラブルは、悪くなっても気づかない」という想いが強くなり、昨今では、FMラジオ出演、セミナー講師等にも力を入れ、不動産・相続トラブルを減らすため、情報発信も積極的に行っている。
数年前より「不動産に強い」との評判から、「不動産相続」業務が急増している。税理士・司法書士等の他士業や不動産会社から、複雑な相続業務の依頼が多い。遺産分割調停・審判に加え、遺言書無効確認訴訟、遺産確認の訴え、財産使い込みの不当利得返還請求訴訟など、相続関連の特殊訴訟の対応件数も豊富。
相続開始直後や、事前の相続対策の相談も増えており、「できる限り揉めずに、早期に解決する」ことを信条とする。また、相続税に強い税理士、民事信託に強い司法書士、裁判所鑑定をこなす不動産鑑定士等の専門家とも連携し、弁護士の枠内だけにとどまらない解決策、予防策を提案できる。
クライアントからは「相談しやすい」「いい意味で、弁護士らしくない」とのコメントが多い。不動産・相続関連のトラブルについて、解決策を自分ごとのように提案できることが何よりの喜び。
現在は、弁護士法人化し、所属弁護士数が3名となり、事務所総数7名体制。不動産・建設・相続・事業承継と分野ごとに専門担当弁護士を育成し、より不動産・相続関連分野の特化型事務所へ。
2020年4月の独立開業後、1年で法人化、2年で弁護士数3名へと、その成長速度から、関連士業へと向けた士業事務所経営セミナーなどの対応経験もあり。
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神奈川県弁護士会 所属
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