隣地との高低差がある「崖地」の土地では、越境樹木や将来の崩落リスクをめぐり、隣地住民から樹木の伐採や擁壁の設置を強く求められることがあります。
しかし、隣地の不安に配慮するあまり、安易にすべてを売主の法的義務として回答するのはトラブルを広げる原因になりかねません。
本記事では、実際の相談事例をベースに、不動産法務に強い弁護士が、伐採や擁壁設置の「義務の範囲」と、実務的な判断のポイントを詳しく解説します。
相談事例
Q:崖地の土地で、隣地から越境樹木の伐採や擁壁設置を強く求められている場合、所有者はどこまで対応義務を負うのでしょうか。
A:越境している枝の切除対応は原則必要ですが、擁壁設置まで直ちに法的義務となるわけではなく、崖地の危険性や工事の安全性、隣地の協力状況も踏まえて判断することになります。
相談背景
不動産仲介会社からのご相談です。
現在媒介中の土地は、隣地との間に約2メートルの高低差がある崖地で、現地には多くの樹木が生い茂っていました。
そのため、隣地居住者からは以前から、「枝葉が越境している」「落ち葉が雨樋に詰まる」「このままでは土砂崩れが起きるおそれがあり危険だ」などの強い要望が出ており、あわせて擁壁の設置や樹木の伐採も求められていました。
もっとも、売主側でも伐採対応を検討したものの、現場は地盤が不安定で、作業員の滑落や土砂崩れの危険がある状況でした。
さらに、作業のためには隣地への立入りが必要となる可能性もあり、実際に対応を進めるには安全面と隣地の協力の両方が問題となっていました。
仲介会社としては、どこまでが売主の法的義務なのか、また、無理に工事を進めて二次被害が生じた場合に責任を負うのは誰か、判断に迷い、ご相談に至った事案です。
弁護士の回答
1.越境している枝は原則として所有者側で対応が必要です
まず、樹木の問題については、枝が隣地に越境している場合、原則としてその木の所有者側で切除対応を検討すべきです。
もっとも、敷地内にある木をどこまで伐採するかは別問題であり、「隣地が不安だから全部切ってほしい」という要求まで直ちに応じなければならないわけではありません。あくまで法的に問題となりやすいのは、境界を越えている枝や、越境に起因する具体的被害がある場面です。
したがって、まずは越境部分の有無と範囲を現地で整理し、対応する範囲を明確にすることが重要です。
2.落ち葉被害だけで直ちに違法になるわけではありません
次に、落ち葉が雨樋に詰まる、掃除の負担が大きいといった被害については、直ちに所有者の法的責任が認められるとは限りません。
この種の問題は、社会生活上ある程度やむを得ないものとして受け止められることも多く、裁判になっても請求がそのまま認められるとは限らない類型です。
もっとも、落ち葉の量が著しく多く、排水不良や設備不具合など具体的な支障が現実に生じている場合には、不法行為などの形で責任が問題となる余地はあります。
とはいえ、そのハードルは低くありません。仲介実務としては、「枝の越境」と「落ち葉被害」は分けて整理するのが大切です。
3.危険な現場で無理に伐採しない判断は不合理とはいえません
本件では、崖地の地盤が緩く、作業員の滑落や土砂崩れの危険があるとのことです。
このような状況で、安全対策が不十分なまま無理に作業を行うことは、かえって事故や二次被害を招きかねません。そのため、業者が危険と判断して伐採を留保しているからといって、直ちに所有者が義務を怠っているとはいいにくいでしょう。
むしろ問題は、危険性を把握しながら放置してよいかという点です。
現場状況に応じて、専門業者の意見聴取、写真記録、作業条件の整理などを行い、「対応しない」のではなく「安全に対応できる条件を検討している」という形にしておくことが重要です。
4.擁壁設置は直ちに義務ではないが、崩落時の責任は重いです
隣地から強く擁壁設置を求められていても、崖地だから直ちに擁壁を設置しなければならない、という単純な話ではありません。
擁壁工事は高額になりやすく、樹木を伐採することでかえって保水力が落ち、別のリスクが生じることもあります。
そのため、法的には、まず本当に崩落のおそれが高いのか、どの程度の危険があるのかを具体的に見極めたうえで判断していくことになります。
ただし、実際に土砂崩れや崩落が起きて隣地に損害が出た場合には、所有者側の責任が問題となります。
つまり、擁壁設置が当然義務とは限らない一方、危険性の調査や必要な対策の検討を怠ってよいわけではありません。
5.隣地立入りが必要なら、承諾の有無を必ず証拠化すべきです
実務上見落としやすいのが、枝の切除や安全対策のために隣地への立入りが必要になる場面です。
本件のように、隣地側は「早く切ってほしい」と求めながら、実際には立入りを拒否したり、条件面で折り合わなかったりすることがあります。
この場合、売主側としては、対応しようとしていたのに隣地の協力が得られなかった、という経過をきちんと残しておくことが極めて重要です。住家への立入りには承諾が必要であり、承諾が得られないのに強行することはできません。
したがって、書面やメールで立入り依頼を行い、拒否や未回答の事実を証拠化しておくことが、後の紛争予防に直結します。
【参考条文:民法】
(隣地の使用)
第二百九条 土地の所有者は、次に掲げる目的のため必要な範囲内で、隣地を使用することができる。ただし、住家については、その居住者の承諾がなければ、立ち入ることはできない。
一 境界又はその付近における障壁、建物その他の工作物の築造、収去又は修繕
二 境界標の調査又は境界に関する測量
三 第二百三十三条第三項の規定による枝の切取り
6.媒介業者としては「法的義務」と「売却上の対応」を分けて考えるべきです
仲介会社として難しいのは、法的には義務とまではいえない事項でも、売却のためには一定の対応が必要になることがある点です。
本件でも、隣地との対立が続いている状態は買主に強い不安を与え、売却価格や成約可能性に影響し得ます。
そのため、売主に対しては、法的に当然必要な対応、任意ではあるが売却上有利になる対応、危険が高く慎重に進めるべき対応を分けて整理して伝えるのが有効です。
媒介業者自身が法的判断を抱え込むのではなく、現地状況の記録、隣地とのやり取りの整理、専門家への接続を行い、判断材料を整える役割に徹するのが安全です。
7.まとめ
本件では、越境している枝については原則として所有者側で対応を検討すべきですが、落ち葉被害や擁壁設置まで直ちに全面的義務になるわけではありません。
他方で、崩落リスクを軽視してよいわけでもなく、危険性の調査や安全な対応可能性の検討は必要です。
仲介実務では、法的義務の範囲を冷静に整理したうえで、売却への影響も見据えながら、証拠を残して段階的に対応していくことが重要といえるでしょう。
弁護士の実務コメント
この種の案件は、法律論だけで白黒をつけるというより、「どこまでが法的義務で、どこからが売却のための任意対応か」を切り分けることが非常に大切です。
隣地感情が強い事案ほど、現場では要求が広がりがちですが、媒介業者がそのまま抱え込むと危険です。
越境の有無、崩落リスク、立入り承諾の状況を一つずつ整理して、何が義務なのか、どこまでが売却をスムーズにするために進めるべき事柄なのか、専門家とも連携して、売主と連携の上対応していくこと
以上

山村 暢彦氏
弁護士法人 山村法律事務所
代表弁護士
実家の不動産・相続トラブルをきっかけに弁護士を志し、現在も不動産法務に注力する。日々業務に励む中で「法律トラブルは、悪くなっても気づかない」という想いが強くなり、昨今では、FMラジオ出演、セミナー講師等にも力を入れ、不動産・相続トラブルを減らすため、情報発信も積極的に行っている。
数年前より「不動産に強い」との評判から、「不動産相続」業務が急増している。税理士・司法書士等の他士業や不動産会社から、複雑な相続業務の依頼が多い。遺産分割調停・審判に加え、遺言書無効確認訴訟、遺産確認の訴え、財産使い込みの不当利得返還請求訴訟など、相続関連の特殊訴訟の対応件数も豊富。
相続開始直後や、事前の相続対策の相談も増えており、「できる限り揉めずに、早期に解決する」ことを信条とする。また、相続税に強い税理士、民事信託に強い司法書士、裁判所鑑定をこなす不動産鑑定士等の専門家とも連携し、弁護士の枠内だけにとどまらない解決策、予防策を提案できる。
クライアントからは「相談しやすい」「いい意味で、弁護士らしくない」とのコメントが多い。不動産・相続関連のトラブルについて、解決策を自分ごとのように提案できることが何よりの喜び。
現在は、弁護士法人化し、所属弁護士数が3名となり、事務所総数7名体制。不動産・建設・相続・事業承継と分野ごとに専門担当弁護士を育成し、より不動産・相続関連分野の特化型事務所へ。
2020年4月の独立開業後、1年で法人化、2年で弁護士数3名へと、その成長速度から、関連士業へと向けた士業事務所経営セミナーなどの対応経験もあり。
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